2020 Spring Vol.047

“氷の冷蔵箱”から“電気冷蔵庫”へ〜カデンはじめてものがたり〜冷蔵庫編

24時間365日休まず働いて家庭の台所を支える冷蔵庫。わが家の味をストックする「自家製冷食」や、冷凍食材を活用した時短レシピが花盛りの今、あらためてその歴史を振り返る「カデンはじめてものがたり〜冷蔵庫編」です。食品の買い置き、保存ができるって実はとてもありがたいこと。冷蔵庫って、本当にエライんです!

1.米国製をモデルに作られた国産一号機はこんな形!

作ったのは東芝の前身、芝浦製作所で、このころは「電気冷蔵器」と呼んでいたんだよ。

現在のような家庭用電気冷蔵庫は、1918年(大正7年)、米国ケルビネーター社が世界ではじめて製造・販売しました。日本に上陸したのは1923年(大正12年)のこと。三井物産が米国GE社製の冷蔵庫を日本に輸入したことにはじまります。

これをモデルに研究開発が進められ、国産一号機が製造・販売されたのは1930年(昭和5年)。キャビネットの上に圧縮機、凝縮器、制御装置など機械部分が露出したモニタートップ型で、内容量は125L、重さは157㎏もありました。標準価格の720円は、小さな家が建てられる金額で、購入したのは上流階級や高級レストランだったそうです。

2.国産一号機から50年で、ほぼ100%の家庭に!

明治時代後半から昭和20年代くらいまでは、タンスみたいな木の箱、氷冷蔵庫を使っていたんだよ。氷屋さんが配達してくれる大きな氷を上の氷室に入れて、食品は下の部屋に入れて冷やすんだって。今見るとレトロでカッコいいね。

1952年(昭和27年)には一般家庭向けの小型冷蔵庫(90L)が発売されましたが、サラリーマンの給料約10か月分にも相当する値段で、まだまだ庶民には高嶺の花でした。1950年代後半には、白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫が「三種の神器」と呼ばれ一般家庭に急激に普及したといわれていますが、実は冷蔵庫はそれほどでもなく、内閣府の「消費動向調査」が始まった1957年(昭和32年)の冷蔵庫の世帯普及率は3%にも届いていません。50%を超える世帯に普及したのは、東京オリンピック後の1965年(昭和40年)のこと。99%の家庭に普及したのは、1978年(昭和53年)になってからでした。

国産一号機の誕生から50年の時を経て、ほぼ100%の世帯に冷蔵庫がある時代がやってきたのです。

ちょっといい話

日本ではじめて作られた氷が福沢諭吉の命を救った!?

1870年(明治3年)の夏、発疹チフスにかかった福沢諭吉は連日の高熱に苦しんでいました。そんな諭吉を救うため、日本ではじめて小型製氷機による製氷が現在の東京大学で行われました。氷のおかげで諭吉は無事回復したそうです。

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